呉服専門店と西陣の問屋メーカーがタッグを組んだ、 一切「売らない」催事に潜入

前橋まちなかエージェンシー橋本薫、HOSOO細尾真孝、織楽浅野 浅野裕尚、小川屋 伊藤大介、前橋まちなかエージェンシー舘 孝幸

センスオブワンダー 影を讃えて

業界向けの原稿を書くのは久しぶりです。大変ご無沙汰しております。大下直子です。還暦を過ぎても、ポンコツを少しでも長持ちさせるため、筋トレや和太鼓で心身を鍛えつつ、お陰様でまぁまぁ健康に過ごしております。

定年退職で第一線を退いてから、ときどき消費者向けの原稿を書くことはあっても、こうしたマーケティング的な業界向けの原稿を書くことはもうないと思っていました。それでもどうしても自分の目で観たい、詳しく話を聞きたいと思うイベントがあり、先日群馬県前橋市へ行って参りました。

そして、五感に訴えるこの展覧を観て、トークショーを拝聴し、これは広くご紹介しなければと強く思った次第です。(その割に多忙にまみれて遅くなりました。ごめんなさい)

このイベント「伝承展」が始めて開催されたのは2019年のことで、群馬県前橋市の呉服店「小川屋」さんと「前橋まちなかエージェンシー」さんのコラボレーションという異色のスタイルで始まりました。いわば街おこしのグループと呉服屋がタッグを組んで、きものや帯をこれまでの業界では想像も付かなかったカタチで展示する。しかも展示はしても「売らない」というのですから実に「謎」です。

一体何のために?

そしてその後もこの展示するけど売らないという試みは呉服業界のチャネルや枠組みを超えて……、というよりも、それらとはまったく「別の次元」でエキサイティングに昇華し続け、2020年の「暁光展」では、「呉服の前売り問屋の催事企画や案内状の制作を、地方都市の街おこしのグループが行う」という斬新奇抜な試みで、またしても話題を呼びました。

そしていよいよ今回に至ります。

今回の「伝承展」のタイトルは「センスオブワンダー 影を讃えて」で、パンフレットも光と影を思わせる「これぞまさしくセンスオブワンダー」というデザインです。

センスオブワンダー群馬県前橋市
前橋まちなかエージェンシーの橋本さんたちが作った今回のパンフレット。

 


会場の設計、設営も、前橋まちなかエージェンシーが担当。

 

「染」をテーマに取り組んできたこれまでの「伝承展」とはググッと趣を変え、「織」をフィーチャーしたもので、そこに西陣から織楽浅野の浅野裕尚さんと、HOSOOの細尾真孝さんが参加。しかも、会場は前橋の住宅街です。しつこいようですが「売らないイベント」にもかかわらず! です。わざわざ京都から、この日のために作った作品を携えて参加! これは、呉服業界を知る人ならば、誰もが興味をそそられずにはいられません。いや、もしかすると興味というよりは、むしろ疑問をお持ちになるかもしれません。いやめったなことでは催事の手伝いに出張することのない方々ですから、もはや疑惑しかない……。

五感を働かせて


もちろん今回も、企画やパンフレットの制作は、「前橋まちなかエージェンシー」が担当。はい、もう、とにかく意味不明です。そこがいい。

意味不明ながら、行ってみれば、浅野さん、細尾さんが、それぞれのプロダクトをとおして、「織の持つポテンシャルと魅力をどう伝えるか」というところに徹底的にこだわったこの展覧は、期待を大きく超えて、実に面白く、興味の尽きないものでした。主催者たちの狙いどおり実に多くのことを感じました。

会場は、前述のとおり群馬県前橋市。住宅街に建つ前橋市芸術文化レンガ蔵です。もともとは造り酒屋の蔵として使用されていた大型の蔵で、現在市の文化財となっています。間仕切りもない、柱と梁と壁と屋根。天井の高い大〜きな空間です。


文化財になっているレンガ蔵、少々寒かったです。

 

正面の開け放たれた鉄の扉から会場に入るとふうわりとした香りがどこからともなく漂います。気づくか、気づかないかのかそけき香りです。正面のパネルには、今回の展示会のテーマと、浅野さん、細尾さんのプロフィールが。パネルの前をぐるりと回るように会場内へ誘われると果たして! おおお! 暗いっ!! ものすご〜〜く暗い! 窓のない蔵の高い梁から紐一本の先に裸電球が蛍のようにぽつ〜ん、ぽつ〜んとぶら下がり、仄(ほの)かな、いや……微(かす)かな光で展示物を包んでいます。だから「センスオブワンダー 影を讃えて」なのか。これが「センスオブワンダー 影を讃えて」なのかと心の中で自問自答してみたり、納得してみたりしながらふと気配を感じて横を見ると最敬礼のように腰を折り、作品に目を近づけて必死で見ようとする人がいます。


見ているうちにだんだんと作品に近づいてしまう不思議。

 

なんとなく真似をしてみると、なぜか息を殺してジッと作品に見入ってしまう。あちらこちらでお辞儀をしている人だらけという光景を客観視したら、ちょっぴりおかしくなってしまいました。


暗い会場では、とことんまで織に近づいて見るため、その織の力と魅力がよく感じ取れるような気がしました。

 

いつまででも覧ていられる不思議

来場者の誰もがなぜか大人しく、静かに腰を曲げて作品を鑑賞しています。グループで来場している方々も会話は実に控えめ。群馬県前橋市にいながら、外国の古城跡の美術館を訪れているような錯覚をおこしてしまいそうでした。

静かで心地よい音楽が流れる中、人の動きか隙間風か? 空気がいたずらをしているかのようにごくわずかに天上から波のように吊り下げられた長い反物をゆらします。すると、風の気配が色だけでなく織の奥の小さな光の存在をそぉ〜っと教えてくれました。レンガの壁には布かどうかも分からない、不思議なカタチの展示物もあり正面には右に白っぽく、左には黒っぽい謎のアート。さながら巨大な板チョコを壁に貼り付けたような……(絶対にうまく描写できていない)。


浅野さんが30代の頃に作った作品。台形と三角で構成されています。

 

展示されている「織」の作品たちは、もちろん布には見えるのですが、目を凝らして眺めると、街並みに見えたり、建造物に見えたり、マザーボードに見えたり、複雑な配線に見えたり、自然の風景に見えたり……と、実に多くの情報を与えてくれるので、覧る側のイメージは無限に広がっていきます。いつまでも眺めていたいような穏やかな気持ちになってきました。飽きないし、もう一度さっきの場所へ戻ってまた見たくなったり……。



HOSOOさんの作品には一つずつ名前が付いていて、すべて社長が決定しているとのこと。来年は東京駅前(ミッドタウン)とミラノにお店がオープンする予定。

 



浅野さんの作品は織の表情と奥行きを求めて、余分なものは一切足さないという徹底ぶり。右奥は松の木、竹、梅の木で作られたお箸。浅野が松竹梅をつくるとこうなります。

 

小川屋、織楽浅野、HOSOOのトークイベント

そんな中、小川屋 伊藤大介さん、織楽浅野 浅野裕尚さん、HOSOO 細尾真孝さんのトークイベントが始まりました。これがまた、も〜のすごく面白くて1時間などあっという間に過ぎてしまいました。進行役は前橋まちなかエージェンシーの代表理事の橋本薫さん。


トークショーの時だけは会場が明るくなりました。来場者の多くは着物姿で、新しい世界観とトークを楽しんでいました。大学生をはじめ、若い来場者が多かったのが印象的でした。

 

文字に起こしてみたらとても長かったので、今回は印象的な部分(おいしいところ)だけをアットランダムにご紹介することにします。どうしても全貌をお知りになりたいという方は、小川屋の伊藤社長に連絡をしてみていただけますか? トークショーの全貌は、ビデオに収まって「秘蔵扱」となっているようです。もしかしたら見せてもらえるかもしれません。

さて、トークショーが始まりました。橋本さんが皮切りに、伊藤社長から「織りでやってみよう」と言われて京都の織楽浅野さん、HOSOOさんを訪問したときの感動体験を実に楽しそうに語りました。今回の会場演出の、「五感で感じられる」という部分は、まさしく織楽浅野、HOSOOに触発されたもののようです。

一方、浅野さんも「久しぶりに3時、4時まで徹夜でやりました」と、大興奮でこの展覧に臨んだことを語ってくれました。作り手を興奮させ、徹夜までさせてしまう何かがこの試みにはあるのです。

正面の「風神雷神」という作品は、普段は、感性の赴くままにモノづくりをすることの多い浅野さんがめずらしくテーマから入った作品。ところがそれを伊藤社長に告げたら「前橋は風と雷が名物」と言われてビックリしたという、織りの神様のいたずらのようなエピソードを楽しそうに語っていました。


パネルの組み合わせで風神雷神を表現した浅野さんの最新作。ボードに織を貼り付けて表現されています。来場者は、「男と女」「天使と悪魔」などと自分のイメージをぶつけ合っていました。

 

一方細尾さんは、ヨーロッパのトップブランドのデザイナーのような空気感でそこにたたずみ、HOSOO入社後始めて研修で訪れたのが織楽浅野さんだった偶然を語ってくれました。そして浅野さんの作品は一般的な西陣のそれよりも、浅野さんがテーマとしている「陰翳礼賛」をまさに体現していて、日本が持ち得た独特の美意識を具現化されていることに衝撃を受けたといいます。「もっと引けば良いんだ」ということを強く感じた細尾さん。そして、この世界(西陣の特に帯)には強敵がいっぱいいて、ここに参入しても、帯のチャンピオンにはなれないからと、鮮やかに西陣織の海外進出を決めます。最初は小巾でチャレンジしますが、やはり海外で闘うには広幅が必須でした。2010年には広幅織機の開発に入り一年かけて悪戦苦闘し、それから10年余、試行錯誤はまだまだ続いているそうです。

浅野さんの「陰翳礼賛」とは?

この言葉と出会ったときに、浅野さんは日本の美しさの本質を学んだといいます。谷崎潤一郎の『陰翳礼賛』。その一節に「美は物体にあるのではなく物体と物体との作り出す陰翳のあや、明暗にある」とあります。これぞまさしく着物と帯の関係だと、互いを引き立て合うコーディネートが大切であると気づいた浅野さん。今回の展覧準備にあたり、京都でこの話を聞いたとき、強烈に刺激を受け、また共感したのが前橋街中エージェンシーの橋本さんでした。それが今回の展覧につながっていくのです。

奇妙なまでにさまざまなところで、刺激をし合い、共感をし、カタチのなかったところから何かが生まれていき、今回の企画が徐々に姿を現していくプロセスがトークショーから見えてきました。小川屋の伊藤社長は、自分の奥にある強い思いと、あまり考えずに感じたままにつっ走る性格と、若干の強引さで今回の展覧が実現したと冗談交じりに(いや、もしかすると本気で)語っていましたが、磁石のN極とS極が引き合うかのようにして集まった今回の仲間たちは、ブレないところが猛烈にカッコいいと感じました。

伊藤社長の奥にある思いは全員が声に出さずとも、共に同時に秘めている思いだったのかもしれません。この延長線上に明るい未来はない。何かを変えなくてはいけないという思い。そして誰かが変わるのを待っているのではなく、環境や時代のせいにするのではなく、自分が変わるということ、自分たちのモノづくりを、売り方を、自分が変えていくのだという決意と実行力こそが、人を動かし、何もないところから何かを生み出す、マグマのような見えない巨大な力なのかもしれません。

伝統の力を信じるからこそ

細尾さんは、作り手という立場と共に問屋としての機能も持っていますが、異端のように思われてもこれこそ王道だと思ってやっていると爽やかに明言しています。プロデューサーの立場、浅野さんのようなクリエイターの立場、そういう王道のところとやっていきたいと。さらに「伝統」について尋ねられた細尾さんの答えが実に興味深いもので会場の誰もが笑顔で頷いていました。

伝統って妙な引力があるんです。バンジージャンプで20階から飛び降りても、もの凄い力で引き戻されるみたいな……。動かないとある意味動きが取れなくなる。伝統には壊そうと思っても壊せない強さがあります。伝統を守るためには壊すつもりでぶつかっていく、すると変容して、難しいことを考えなくてもやりきったほうがいいかなって……。結構『いよいよ攻めていますね』なんて言われるけど最後はつじつまが合うんです。伝統の力を信じるからこそ壊すつもりで行くんですよと、最後はチャーミングな笑顔で締めくくりました。

それに続けて、伊藤社長が、伝統も変わってきていて、とらわれすぎないことなのかなと思っていると返し、常にチャレンジし続けているのが伝統だと結んだのが印象的でした。

コロナ禍の影響もあって、お金や時間の使い方、考え方や働き方などすべてが大きな音を立てて変わりつつある今の時代にあって、損得を超えて……、いや、損得とはまったく関係のない別次元の土俵で、心からつながる仲間たちと面白がりながら進んでいくこの先の未来に、軽やかでしなやかで自由な心地よさを感じました。

前橋まちなかエージェンシー橋本薫、HOSOO細尾真孝、織楽浅野 浅野裕尚、小川屋 伊藤大介、前橋まちなかエージェンシー舘 孝幸
左から前橋まちなかエージェンシー 橋本 薫さん、HOSOO 細尾真孝さん、織楽浅野 浅野裕尚さん、小川屋 伊藤大介さん、前橋まちなかエージェンシー 舘 孝幸さん。後ろに風神雷神。

 

 

 

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